onigiritobanana’s blog

本の感想や日々感じたことを書きます

グザヴィエ・ドラン「胸騒ぎの恋人」

胸騒ぎの恋人、すごくよかった。

映像と音楽の美しさ、苦悩と悲しみ、そして笑えるユーモアが

絶妙なバランスで作られている。

人の肌の質感、色彩・影の当て方がものすごく美しい。

三角関係の話ではあるが、一夏の嵐のようにやってきて過ぎていく恋(憧れ)と

なんだかんだ腐れ縁で続いていく友情のお話だった。

 

ニコラの笑顔は邪気がなくてグッと人を惹きつける魅力がある。

長い髪から見え隠れする眼差しも、フラッと近くなる距離の詰め方も、

自由でつかみどころがないあり方も、無邪気な残酷さも。

翻弄されたいという欲を掻き立てる人だ、と思った。

 

好きだったシーン

・焚き火の前でマシュマロを食べるシーン

二人で笑い合う時のフランシスの笑顔がかわいい!

 

・フランシスが泣いているシーン

洗面台にバツをつけるというエピソードも相まって、胸が苦しくなるが、

とても美しく悲しみが描かれている姿に惚れ惚れする。

 

・ニコラが二人からもらったプレゼントをつけて三人でくっついているシーン

ちゃんと次の日もらったプレゼントを身につけるニコラがかわいい。

こういうところがまた憎めない。

 

後で二人が喧嘩するシーンがあるが、ニコラはこういう場面を今までうんざりするほど経験しているんだと思う。そして、いつもそれが潮時だという合図とも。

 

・マシュマロが降ってくるシーン

マシュマロを口に含んだ瞬間、イメージ映像が流れる。ふふっと笑みが溢れるかわいさ。

今回の映画ではMVに出てきそうな一瞬、一瞬が印象的なシーンが多かった。

言わずもがなニコラが踊り、ライトにチカチカ照らされるシーンも。

ニコラ自身ではなくニコラを通して他のものを見ていたところに、悲しい結末の片鱗が見える。

 

最後の終わり方も湿っぽくなく、シットコムのような痛快さがあり、カラッとした気分になった。

 

 

本の感想「anonyme」原田マハ

電車の中でひたすら没頭しながら読んだ。

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読んでいて映像がアニメーションのように浮かび上がってくる。劇場版アニメみたいなエンタメ小説だった。(アニメ化する際、ジェットはぜひ森川智之さんに演じてもらいたい…!オブリージュは宮野真守さん、エポックは大塚明夫さんで)

ジャクソン・ポロックは正直ざっくりとした概要しか知らなかった。話の中でしっかりとこのアーティストが生まれた時代背景や作品の紹介がされていてとても興味深かった。原田マハさんの小説は美術史に触れられるのも大きな魅力の1つ。

オークションや搬出方法などなかなか知ることができない裏側を見られ、初めて知ることがたくさんあった。オークションってなんであんなに高い値段で取引されるのだろう、と思っていたがその場の空気の中、人間の生の感情のやり取りの中で値段が吊り上がっていくのだなと納得した。その価値自体というよりもある意味、手に入れられるかギリギリでスリルのある戦いを味わうことが醍醐味なのかもしれない。

香港が舞台で、現実で起きている社会情勢やデモのことも描かれ、その中で生きる青年が何を感じ、表現しようとしているのか、リアルに感じられた。

資本主義の中でのアート、本来のアートの意義、人によって違う見え方や価値を感じるアート。アートの位置がアートそのものを表しているようで、面白い。

一番感動したのが最後のシーン。全てが収まるところに収まった、それは1ミリの狂いもなく完璧に。鮮やかで読み終わった後、放心してしまった。映画のエンドロールを見ている時のような気持ちだった。(きっと映画ならエンドロールの時に、それぞれのその後が写真で1枚ずつ出てくるのだろう。ミリなら美術館完成の写真、ネゴなら会社で上司に評価されている様子など)

アートには世界を変えられる力はないかもしれない。けれど、ひょっとすると、アートで世界を変えられるかもしれないと思うことが大切なんだ。

という言葉が印象的だった。ひょっとすると、と1ミリでも信じること、そして行動することで何かが確実に変わる。全てのことに言えると思う。何か新しいことを始めたり、やってみたいことに挑戦したり…そんな時は自分も、周りもそんなこと出来っこない、って思ってしまいがち。でもひょっとすると、もしかして、できると信じることで小さいように見えて大きく世界は変わるのではないか。

 

本の感想「わたしのマトカ」片桐はいり

就職活動でヘロヘロになり、もうダメかもしれない、と心が折れかけている時に読んだ。

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クスッと笑える軽快なユーモアがありつつ、しっとりと情緒的な感情のこもった片桐はいりさんの文章。食べ物や街の様子、そしてフィンランドの人との交流など、気づいたら引き込まれていて、自分もフィンランドにいるみたい。

ファームステイの話は、どこか懐かしくて自分の記憶と重ね合わせながら読んだ。異国に流れる空気感、その土地でしか味わえない温度。肌で感じた質感まで色々な思い出がぶあっと蘇ってくる。

ご自身の興味関心・好奇心でズンズン進んで何事もひょいと飛び込んでいる姿に憧れた。好きなことや自分のルールもはっきりとある人で、ハッピーもアンラッキーも軽やかに舞う。人に対して真摯で茶目っ気がある眼差し、どっしりとした懐の深さ。こんなふうに生きてみたい。ベンチマークしている方が何人かいるのだけれど、はいりさんもそのうちの一人となった。

うんうん苦しんでいたことなんてすっかり忘れたみたいに、私の心はヘルシンキの夏のように晴れ晴れとした。こんなに気持ちが軽くなるんだと驚いた。人生はとても長くて暗い真っ暗なトンネルだ。だけど、本はそんなトンネルに差し込む一筋の光になる。時には柔らかに少し目の前を照らすキャンドルのように。本があるならこれからの人生もなんとか歩いてゆけるかもしれない。